黒崎城

【所在地】福岡県北九州市八幡西区屋敷         ▲二の丸石垣  城山またの名を道伯山というこの山に、かつて福岡城の端城の一つ黒崎城があった。1600(慶長5)年、関ヶ原の戦いの功により52万石の大名として筑前国に入部した黒田長政は翌6年から福岡城の築造に取りかかった。また、同時に国境の守りを固めるため同15年までの…
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青地城

【所在地】滋賀県草津市青地城         ▲城池  青地城は鎌倉時代初期に土豪・青地氏によって築かれ、その後六角氏の家臣としてこの城に在城した。城跡は志津小学校、小槻神社の一帯で、小学校全面には大きな溜池があり、城池と呼ばれている。また、小学校と小槻神社の間には空堀と考えられる遺構も残っている。      …
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日置城

【所在地】愛知県名古屋市中区松原町         ▲日置城跡の松原緑地  元々は平安時代に開かれた荘園「日置荘」の拠点であったと言われるが、遺構などは全く残されていない。築城年、築城者のいずれも不明。城主も織田寛定と織田忠寛の2説がある。弘法大師御手植えとされ樹齢1000年以上とも言われる大楠があり、織田信長が出陣に際…
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廣井城

【所在地】愛知県名古屋市中区         ▲洲崎神社  廣井城は天文年間(1532~1555)頃に中村氏の居城として築かれた。以後は社家が廣井城を支配していた。現在は洲崎神社の入り口の案内板に「廣井城跡」の記載があるのみで詳細は不明。         ▲洲崎神社の案内板 【アクセス】名古屋市営地下鉄鶴…
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長尾陣屋

【所在地】大阪府枚方市長尾元町1-13         ▲圓通寺にある移築門  長尾陣屋は1689(元禄2)年、久貝正方によって築かれたと伝わる。現在は住宅地や田畑となっており、特に現地の案内板等も無い。長尾陣屋の陣屋門が市内津田の圓通寺の山門として移築現存している。 ※移築門:圓通寺 大阪府枚方市津田本町2丁目1…
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枚方城

【所在地】大阪府枚方市上之町         ▲御茶屋御殿跡  枚方城は秀吉の家臣、本多政康が城主であったと伝わるが、正確な場所はわかっていない。現在の枚方市駅から西に10分程歩いたところにある御茶屋御殿跡もしくは枚方小学校付近ではないかと推測される。  京・大坂間を結ぶ交通の大動脈、淀川と京街道を見下ろすこの地に…
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神足城

【所在地】京都府長岡京市東神足ニ丁目         ▲城址に建つ神足神社  神足城がいつ頃築城されたのかは不明だが、神足村の土豪神足氏の居館であったとされている。神足一帯は九条家の荘園となっており、神足氏はその管理をしていたようである。  1504(永正1)年9月、管領細川氏の内紛に巻き込まれた神足氏は神足城を失うこ…
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開田城

【所在地】京都府長岡京市天神1丁目         ▲開田城土塁  開田城は、戦国時代(15世紀後半~16世紀)に活躍した国衆の一人である中小路氏の居館(居城)である。  乙訓・西岡地域の土豪、地侍たちはそれぞれの村のリーダーとして活躍し、また国衆として、地域の自治的運営を目指す国一揆を結んだことで全国的にも著名。国衆…
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山崎山城

【所在地】滋賀県彦根市清崎町・賀田山町         ▲本丸跡  山崎山城は近江守護佐々木六角氏の家臣、山崎氏の居城であった。山崎山の背後は琵琶湖と荒神山であり、周囲は宇曾川と沼池に囲まれていて、下街道(のちの朝鮮人街道)を真正面から見下ろす、標高約150m、比高約50mの丘陵地に位置した。山頂部分は東西90m、南北2…
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大留城

【所在地】愛知県春日井市大留町6丁目20-8         ▲城址碑  1546(天文15)年に村瀬作左衛門が築城した。1584(天正12)年、小牧・長久手の戦いの際には、豊臣秀吉側に味方した。 池田恒興が率いる大軍は、大留城内で城主である村瀬作左衛門らと軍議を開いたが、翌日に長久手で徳川家康軍に敗れて、村瀬作左衛門も…
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塚口城

【所在地】兵庫県尼崎市塚口本町1丁目         ▲案内板のある祠  塚口城跡は、室町時代から戦国時代にかけて文献に登場する中世城郭。現在は市街化のため、その面影をほとんど失っているが、旧村の東端と北端部にその遺構をわずかに残している。  高い土塁を巡らした外側に広い濠をもち、2町四方の土塁で囲まれていたようで…
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正覚寺城

【所在地】大阪府大阪市平野区加美正覚寺         ▲城址碑  正覚寺は825(天長2)年に空海(弘法大師)により開基。かつては境内四町四方、本堂二十一間四面、不動堂七間四面、その他山門、廻廊、伽藍等巍々たる名刹で、東之坊ほか五坊を有する巨刹だった。  1493(明応2)年2月25日に畠山政長が室町幕府10代将…
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荒神山城

【所在地】滋賀県彦根市賀田山町         ▲荒神山神社の石垣  古くは平流山(へいるやま)と呼ばれていたが、奈良時代、行基が山頂に奥山寺を開山した際に三宝大荒神の像を祀ったことから荒神山と呼ばれるようになった。  周囲には宇曽川によって形成された平野が広がっており、北北西の麓に曽根沼が、さらにその先、山麓から…
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八尾城

【所在地】大阪府八尾市本町七丁目         ▲城址碑  河内国八尾の豪族・八尾別当顕幸が室町時代初期に築城したとされており、八尾別当顕幸は南朝方に味方していたが、敗れて北朝方によって占領された。  1337(延元2)年に南朝方の高木遠盛らの軍勢が八尾城の奪還を企図し猛攻をかけた。その際に城内の建設物は悉く焼失した…
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吹田城

【所在地】大阪府吹田市出口町         ▲模擬石垣  吹田城が最初史料に現れるのは、1336年(南朝:延元1、北朝:建武3)年のことで『吉川家文章』によると6月9日足利氏に属していた安芸国の周防親家が水田城で合戦になり、追い落としている。それより100年後『摂津志』によると永禄年間には吹田重通が吹田城を根拠地をして…
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江戸城

【所在地】東京都千代田区千代田         ▲皇居正門石橋と伏見櫓  1457(長禄1)年、太田道灌が江戸湾を望む台地上の北端に城を築いたのが始まり。  1590(天正18)年、徳川家康が関東に封ぜられると、家康は江戸城を居城とする。そして豊臣秀吉が死し、家康が征夷大将軍に就任するや、全国諸大名に命じて本丸、二の丸…
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仁正寺陣屋

【所在地】滋賀県蒲生郡日野町西大路         ▲仁正寺陣屋跡  1620(元和6)年、市橋長政が2万石の藩主として日野に入り仁正寺に陣屋を構えた。この仁正寺陣屋は蒲生氏の居城であった中野城(日野城)の跡地で、1603(慶長8)年の廃城後、畑地となっていたものを再利用したものである。           ▲わ…
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森陣屋

【所在地】大分県玖珠郡玖珠町森         ▲栖鳳楼  1601(慶長6)年に毛利高政が佐伯に転封となったため、山城の角牟礼城は廃城となった。その後、豊後玖珠は来島(久留島)長親にあてがわれ、角牟礼城南側に陣屋を築いた。これが森陣屋であり、久留島陣屋とも呼ばれる。1824(文政7)年から1837(天保8)年にかけて陣…
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中野城

【所在地】滋賀県蒲生郡日野町西大路         ▲石垣  中野城は、鎌倉時代の初期から約400年間における日野の領主蒲生家6万石の最後の本城であった。東方音羽の城山に蒲生家の音羽城があった文亀大永の頃(1501~1523)に、この地に砦が造られたのが始めであり、その後、蒲生定秀が当主の頃、1533(天文2)年から15…
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佐久良城

【所在地】滋賀県蒲生郡日野町佐久良         ▲城址碑と案内板  八幡神社の背後にある山一帯が南北朝時代である14世紀の頃、蒲生氏の支流、佐久良氏に替ってこの地を領した小倉氏が室町時代の初期にこの城を築いて本拠地と定めた城である。  地元で「下の城山」と呼んでいるこの城跡は京都相国寺の僧横川景三の書に詳しく書き残…
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坂本城

【所在地】滋賀県大津市下阪本三丁目         ▲明智光秀像  坂本城は、琵琶湖の南湖西側にあり、大津市の北郊に位置する。西側には比叡山の山脈があり、東側は琵琶湖に面していることから、天然の要害を具えた地であった。比叡山は近江国と山城国にまたがっており、白鳥道と山中道の2つの道は両国を結ぶ道路が通じており、中世、近世…
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大津市

【所在地】滋賀県大津市浜大津五丁目         ▲城址碑  京阪電鉄浜大津駅に近い湖岸のあたりを中心にして立っていた城。安土・桃山時代に、豊臣秀吉が、坂本城にかわり、新たに大津城を築城した。現在、城跡碑が立っているあたりが本丸の跡で、広大な面積を持っていたと考えられている。城跡碑のほかには、ほとんど痕跡が残っていない…
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瀬田城

【所在地】滋賀県大津市瀬田二丁目         ▲城址碑  瀬田川東側に軍事上の目的で築城された城。瀬田川は琵琶湖から流れ出る唯一の川であり、瀬田川に架かる瀬田橋は「急がば回れ」の語源ともなった橋で、戦国時代は交通・軍事上の重要戦略拠点であった。その瀬田橋のたもとにあった瀬田城も重要な位置を占めていた。  永享年間(…
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衣川城

【所在地】滋賀県大津市衣川二丁目         ▲城址碑  衣川城は山内義重が1234(文暦1)年正月、粟津の合戦に勲功をたて衣川領を賜った際に築いた城である。現在は住宅地の中の公園に城址碑と案内板が立つのみである。 【アクセス】JR湖西線「堅田駅」より徒歩20分 ※参考資料:「現地案内板」
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矢田城

【所在地】三重県桑名市矢田261 走井山公園         ▲矢田城跡の走井山公園  矢田城は、元亀或いは天正年間に矢田半右衛門尉俊元の築城とされる。 時の城主は観音を信じ、これを城の北方に祀ったという。この走井山矢田城は織田家の家臣・滝川一益が、信長の命により勢州平定の際に陥落し、城主俊元は自害した。  江戸…
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新居城

【所在地】愛知県尾張旭市城山町長池下         ▲新居城模擬天守閣  新居城は、1648(慶安1)年に水野宗国によって築かれたと伝わるが、詳細については定かでない。北西に長池、北東に山田池を控えて、その間を南へ細長く伸びた丘陵の先端を利用し築城された中世の平山城である。城の東、西、南側の三方に深い沼の湿地がめぐり、…
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江馬氏下館

【所在地】岐阜県飛騨市神岡町殿573番地1         ▲会所(復元)  今から600年ほど前、室町時代から戦国時代にかけて北飛騨を治めていたといわれる武将・江馬氏。平家の一族だった、執権北条氏の一族だったと諸説あるが、その出自は現在でも明らかになっていない。土地改良工事に先立つ発掘調査の際に、「水田の中にある5つの…
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伊丹有岡城

【所在地】兵庫県伊丹市伊丹二丁目         ▲石垣跡  南北朝時代から伊丹氏の居城として発展してきた伊丹城は、1520(永正17)年には城下町をも城の中に取り込んだ「惣構」構造の兆しが見られ、その後の一向宗との合戦など、数々の戦いを経て次第に強化されていった。  1574(天正2)年、織田信長の部将、荒木村重が伊…
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船上城

【所在地】兵庫県明石市新明町         ▲織田家長屋門  豊臣秀吉は四国征伐で長宗我部元親を降して関白となり、大規模な国替えを実行することになる。「天正の国替え」と呼ばれている。この時の国替えで明石則実に代わって明石郡を与えられた高山右近は、高槻城から一旦枝吉城に入城し、船上城の築城と城下町の建設に取り掛かった。 …
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尼崎城

【所在地】兵庫県尼崎市北城内         ▲模擬城壁  1617(元和3)年、戸田氏鉄が5万石で入封し築いた。3重の堀をもち、本丸には2重の付櫓を2棟付属させた複合式の四重天守と3棟の三重櫓が上げられた。  城主は、築城から廃城まで3氏12代が入れ替わった。戸田氏の後は、青山氏4代、そして1711(正徳1)年、…
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大覚寺城

【所在地】兵庫県尼崎市寺町         ▲大覚寺  大覚寺の創建は605(推古13)年に聖徳太子が百済の高僧日羅上人に命じて夜々瑞光に輝く長洲の浦(今の大物・東本町)に建立した燈炉堂を母体として成立したと伝えられている。鎌倉時代以降は古文書も残されており沿革もはっきりしている。当寺は東大寺円照上人の弟子の琳海上人が1…
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花隈城

【所在地】兵庫県神戸市中央区花隈         ▲模擬天守台  1567(永禄10)年、織田信長が荒木村重に命じて築かせたと言われているが、この時期信長はまだ入京しておらず摂津に力を及ばす状況ではなかった。従って、翌1568(永禄11)年10月に和田惟政に摂津を任した時に築いたか、1574(天正2)年に石山本願寺と毛利…
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長崎城

【所在地】福井県坂井丸岡町長崎         ▲称念寺  南北朝時代~朝倉時代にかけて称念寺は陣所となり、よく戦乱に巻き込まれた。 「大平記」には1337(建武4)年「細屋右馬助を大将として、その勢力3000余騎越前国へ攻め入り 長崎・河合・川口3箇城を構えて漸々に府へぞ責寄ける」とあり、南北朝時代には城が存在し、南朝…
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河和城

【所在地】愛知県知多郡美浜町河和字西谷         ▲主郭部分  長禄年間(1457~1459)頃に、渥美半島の田原から進出してきた戸田宗光により、知多半島東岸を確保するために砦が築かれた。宗光の子・憲光の代になり、城としての体裁を整え、田原城を子の政光に譲り、自身は河和へ移住した。  1590(天正18)年8…
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善照寺砦

【所在地】愛知県名古屋市鳴海町砦3         ▲善照寺砦跡  善照寺砦は、今川義元との戦いの際に織田信長が鳴海城を囲むように築いた三砦の一つ。1559(永禄2)年の山口教継、教吉親子の切腹により、鳴海城は南の大高城とともに今川義元直属の支配下となった。織田信長はこれに対抗すべく、鳴海城を取り囲むように丹下砦、善照寺…
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澤田城

【所在地】兵庫県篠山市前沢田334         ▲城址碑と説明版  澤田城は戦国の昔、八上城主であった波多野秀治の命で、家臣の小林近江守が此の地、滝山に築城したものである。1579(天正7)年5月、時の城主小林修理之進重範が明智光秀の攻撃を受け奮戦ののち討死、落城となる。  小林氏の菩提寺である小林寺の背後にあ…
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竹田城

【所在地】兵庫県朝来市和田山町竹田         ▲南二の丸と南千畳の石垣群  縄張りが虎が臥せているように見えることから、別名虎臥城と呼ばれ国の史跡に指定されている。また城下から遥か高く見上げる山の頂に位置し、しばしば円山川の川霧により霞むことから、天空の城や日本のマチュピチュとも呼ばれる。雲海に浮かび上がる古城の累…
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高知城

【所在地】高知県高知市丸の内         ▲高知城天守閣  高知市のある高知平野のほぼ中心に位置する、大高坂山上に築かれた梯郭式平山城。山の南を流れる鏡川、北の江の口川をそれぞれ外堀として利用している。  戦国時代以前には大高坂山城または大高坂城と呼ばれる城が築かれていた。現在見られる城は、江戸時代初期に、土佐…
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姫路城

【所在地】兵庫県姫路市本町         ▲姫路城天守群  姫路城は、別名を白鷺城(はくろじょう・しらさぎじょう)といい、現在の姫路市街の北側にある姫山および鷺山を中心に築かれた平山城である。江戸時代以前に建設された天守が残っている現存12天守の一つで、ほぼ中堀以内の城域が特別史跡に、現存建築物の内、大天守・小天守・渡…
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御着城

【所在地】兵庫県姫路市御国野町御着         ▲御着城城址碑  御着城は茶臼山城・天川城とも呼ばれ、播磨守護赤松氏の家臣小寺氏の居城である。1519(永正16)年、小寺政隆が築城。則職・政職と継承され、1578(天正6)年か1579(天正7)年に羽柴秀吉の播磨侵攻で滅亡したとされるが、嘉吉年間(1441~44)に…
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湯築城

【所在地】愛媛県松山市道後公園         ▲復元武家屋敷  14世紀前半、伊予国守護河野氏によって築城された。東に追手門、周りに二重の堀をめぐらせた平山城であった。  1581(天正9)年以後、四国征圧を狙う土佐国の長宗我部元親が伊予に侵入し、城主河野通直は元親と交戦した。 1585(天正13)年、四国征伐…
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篠山城

【所在地】兵庫県篠山市北新町         ▲復元大書院  篠山盆地の中心に位置する平山城。1609(慶長14)年、西国の諸大名が動員された「天下普請の城」として築かれた。  徳川家康は、豊臣家との戦いを前にして、西国大名が豊臣氏と連携することを恐れ、山陰方面からの援軍を遮断するため篠山城の築城を命じた。 …
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園部城

【所在地】京都府南丹市園部町小桜町         ▲巽櫓と櫓門  1619(元和5)年、但馬(兵庫県)出石から、小出吉親が園部に移り築造した。園部盆地の小麦山東側台地上にあり、山を取り囲む外堀や、内堀・中堀も設けられ、陣屋とはいえ、城の様相を呈していた。  明治維新期に櫓や櫓門築造など大幅に改修を行い、現在では園部城…
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丹波亀山城

【所在地】京都府亀岡市荒塚町内丸         ▲天守台石垣  1577(天正5)年前後に、明知光秀が中世の砦跡を拡張して築城した平山城。光秀以後の城主は、羽柴秀勝・小早川秀秋など。江戸時代に入ってからは岡部長盛が城主となり、天下普請で城郭と城下町を整備した。以後、松平氏・青山氏など数家が入り、明治維新を迎え廃城となっ…
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上田城

【所在地】長野県上田市二の丸         ▲上田城南櫓、表門、北櫓  上田盆地の北部に位置し、千曲川の分流である尼ヶ淵に面していたので、築城当初は「尼ヶ淵城」と呼ばれることもあった。北に太郎山、南に千曲川があり、築城前は土豪小泉氏の古い城館が存在した(現在、二の丸より西側の小泉曲輪と呼ばれている場所)と伝えられる。城…
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殿島城

【所在地】長野県伊那市東春近中殿島         ▲模擬城門  殿島城は古くは本城と呼ばれ、稀に見る大きな平山城であった。土居は高く濠は深く、城下一帯は沼地で、北方には御射山を隔てて物見城があった。  天文年間(1532~1555)の初めに、殿島大和守重国が1500石を拝領してここに築城し、この地方を治めた。 …
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犬甘城

【所在地】長野県松本市蟻ヶ崎         ▲主郭と曲輪  正平年間(1346~70年)に犬甘氏により築城されたと伝わる。国宝松本城から約1.5km、同市蟻ヶ崎の城山公園内の西端の尾根に築かれていた。戦国時代、犬甘氏は信濃守護の小笠原氏に仕え、犬甘城は小笠原氏の本城である林城の支城としての役割を担った。  現在も城跡…
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松代城

【所在地】長野県長野市松代町殿町         ▲復元太鼓櫓  千曲川沿いに開けた善光寺平に位置する平城。1553(天文22)年、武田信玄により川中島一帯を支配するために築かれ、築城当時は海津城と称された。  武田氏が滅亡すると、上杉景勝が混乱に乗じて海津城を占拠し、義父謙信の悲願ともいえる川中島一帯を上杉領へ組み込…
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津屋城

【所在地】岐阜県海津市南濃町津屋         ▲城址碑と本慶寺  津屋城は、関ヶ原合戦まで高木八郎左衛門正家が居城していたが、1600(慶長5)年の関ヶ原合戦の時、石田三成方(西軍)に従ったため没落し廃城となった。八郎左衛門正家は、記録によれば高須城主高木十郎左衛門の縁者であり、十郎左衛門は高須旧記によると、1592…
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高遠城

【所在地】長野県伊那市高遠町東高遠         ▲石垣と問屋門  三峰川と藤沢川が合流する段丘に位置する平山城。1547(天文16)年、武田信玄によって築かれ、周辺地域の支配拠点として利用された。  1582(天正10)年、織田信長の甲州攻めでは、織田信忠率いる軍勢が高遠城に殺到した。城主の仁科盛信は、譜代の重臣や…
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